2011年06月20日

世が世なら・・

親父が死んで1年が経とうとしている

まったくもって早いものだ

死んだのが6月24日午後2時26分

親父の身体から魂が抜け出た時間

先日、一年祭のため津軽へ帰った

妹が・・・親父が死んだ時間まで詳細に記憶していたので

驚いていたら、実は3月11日の地震のあった時間と同じ

なにか因縁めく・・・などと言ってこじつけようとする

地震と親父の死は全く関係ない(当然だが)

一年祭も無事終わり、一緒に祖父の50年祭も執り行い

一家の主としてはホッと一息(#^.^#)

その直会の席で

親父の弟が家系図を持ち出して来て

IMG_2109.JPG

おらに説教

佐藤家は・・・・・・云々・・・・

「言われなくても解っている」などとは言えず

黙って聞いていた。

家系図は1673年以前の物は消失したと聞いていた

なんでも廃藩置県の時に位が高く

財産分けの基準が家系図だったらしく

騙されて持っていたれた・・・らしい

らしい・・とか

らしく・・しか言えないが

佐藤不二男さまが書かれている文言にも

らしい(爆)


IMG_2110.JPG


親父の墓に行ったときにオヤジの墓の奥に有った墓石に

両應って書かれていた

両應?は

7代目に両應とある

河内正藤原両應・・と書かれている

河内から来た?藤原両應

その下に

伊賀正藤原両純(麻賀喜)

この麻賀喜さまが、おらの守護霊・・らしい


(爆)

時々降臨して

おららしく無い行動を取るのは

もしかしたら



伊賀正藤原両純さま・・・


(巨爆)



そう言えばお袋が話してた


ウチの家系に時々

超ドスケベが出没する・・とのこと


何でもそれば7代前の罪相だとか

おらから遡ること7代は両應さま

麻賀喜さまのお父上

  

そもそも・・・

我が家系は京の公家

花山院忠長の宮司としてついてきたらしい・・・

上官の奥様に手をだして

京を追われた若き貴族花山院忠長・・・(爆)



いつの世も  男と女の物語は尽きない(#^.^#)



不倫の末に松前まで流された花山院忠長








なにはともあれ

今の時代で良かったなぁと

あらためて思った次第(^_-)-☆




posted by 真鯛様 at 15:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 津軽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
家計図だなんてあるんだぁ〜!
格式のあるお家柄なんだぁ〜!


なんか守護霊様のせいに(笑)
でも島流しだけは嫌だよね〜。
本当 今の時代でよかったね〜♪
Posted by よりりん at 2011年06月22日 15:17
家計で無くて

家系(爆)

格式は昔はあったが今は無い

おらが小さい頃は

本家の○○さま・・と親戚からも

さま付けで呼ばれていた

今は鯛子って呼び捨て

(爆)

だから真鯛様と・・・(巨爆)



本当に今の時代で良かったです^_^;
Posted by taico at 2011年06月23日 08:40
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